架空鉄道調査記(一)
(特定の架鉄をモデルにしているものではありません)
駅前には誰もいなかった。周囲には何もない。これではお客もいないだろう。
ここは○✖超高速臨海急行鉄道電鉄のとある主要駅だ。臨海とあるが貨物駅ではない。
架空鉄道を探して500あまり、あ行から始めた調査も終盤に差し掛かったころだ。毎度ほぼ結果はわかっているがやめられない。貴重な休みをどれだけ費やしたことか。すぐに飽満感に襲われるがすぐに欲しくなる。こんなことにも中毒性があるんだと自虐的に感心する。
【○✖超高速臨海急行鉄道電鉄△□中央駅】
周囲に何もないので何の中央なのかわからない。だが駅の建物は異様に立派だ。
さて駅に入ってみよう。例によって駅員もお客も誰一人いない。自動改札にはあまり聞きなれない共通カードの記載がある。いや待てよ、どこかの鉄道で見た覚えがある。カバンからICカードの詰まったファイルを取り出すが、どれも似たデザインとダジャレベースのネーミングで分かりづらい。こんなに買ってたのかと気が滅入る。やがて列車に乗らない予感も手伝って探すのが面倒になった。
改札前には待合スペースがあり、鉄道会社の紹介資料が展示されていた。○✖ホールディングスとある。聞きなれないがどうやら巨大な企業のようだ。いや待てよ、どこかで見た記憶がある、が結局わからなかった。傘下のグループ企業一覧が家系図のように展示されているが、企業名以外の情報はさほどなかった。
資料室の壁にはこの会社について他社に一切問い合わせするなと注意書きが掲示されている。なにか隠したいことでもあるのだろうか。同業者はなにか掴んでいるのだろうか。なんとも複雑な気持ちになった。
資料の中には車両のデータもあった。前面と側面のイラストだ。これも既視感がある。決して図面ではない。パソコンで描かれたであろうグラデーションはとにかく立派だ。非常に種類が多いがデザインに一貫性がない。なかには深海魚のような奇抜な車両もある。驚いたことに新造から10年弱の車を廃車にしているものもある。何か特殊な事情があったのだろうか。譲渡も含め説明はなかった。
古い車両は概ね新車を崩した雑なデザインにみえる。逆に言えば驚くほどの進化を遂げたのだろう。走る実物をぜひ見てみたいと思ったが相変わらず列車がくる気配はない。
時刻表があった。が、この駅のものではなかった。どの駅かわからない。というかどこを走っているのかいまいちはっきりしない。本数もわからず土地勘もないのでどこに連れて行かれるかわからない。そもそも走っていなければ杞憂であるが。
片隅に掲示板があった。かつては近所の駅にも黒板タイプがあったが数十年見ていない。最近書き込まれたようだ。ようやくの人の気配に安堵する。だが良く見るとびっしりと英文字が書き込まれている。なにかの宣伝だろうか。繰り返し書き込まれて埋め尽くされ異様な雰囲気だ。メンテナンスをあきらめたのだろうか。遠隔なのか自動で書き込まれるらしいがどうやっているのだろう。
遡ると子供のあいさつのような書き込みが現れた。唐突に車両をくれませんかと尋ねている。なんとも微笑ましい。だがそれに対する回答は恐ろしく冷酷なものだった。
それにしても誰一人として駅へ来ない。列車の到着する気配もない。段々と不安が募り始めた。よくあることだが今回も無駄足だったのか。ふと見ると入り口に乗客数のカウンターがついていた。
最近めっきり減ったが他社でも見かけるこのカウンター。見ると本日のお客様「000002」、昨日「000000」とある。
俺が来る前にここに誰か来ていたのか。でも昨日は誰も来ていない。その前も、そのまた前も来ていないのだろうか。調査中に最も切なくなるのがこの瞬間だ。総訪問人数は200人余り。開業したばかりなのだろうか。設定桁数に期待のほどがうかがえてさらに切ない。
駅はどこかで見た作りだった。よくあることだが共通化されているのだろう。そして清潔だ。だが美しく手入れされていると言うよりは使用感がまったく無い。あまり記憶に残らない光景だ。きっと明日にはほとんど忘れてしまうだろう。
案内に従ってトイレに行ってみたが工事中だった。期待に反して入れなかった。扉の向こうはぶっきらぼうに404と殴り書きされた真っ白な壁だった。ここまでの労力に微かな苛立ちを覚えた。
待合室の壁には新線の開業ポスターが貼られていた。例えるなら瀬戸大橋線クラスで相当大規模なものだ。豪華寝台特急の案内もある。予約できるのか興味がわいたが、駅に窓口はなくメールで問い合わせのようだ。どうせ返事はかえってこないだろう。
とにかく耳ざわりの良さを狙ったと思われるキャッチコピーがあらゆる掲示物に書かれている。良さげでもやり過ぎると癪に障るのだと実感する。そもそも電車が来るのか分からない状況ではほとんど意味が無かった。
唐突に「乗入れ募集」のポスターが貼られていた。乗客にアピールする内容ではなさそうだ。というより募集するものなのか。これがなかなか難しいようでいまだ運行トラブルが絶えないと聞く。
一旦駅から出て駅の周りを散策することにした。線路わきからレールをみると状態は良い。というより完成直後のようだ。使用感はない。ちょっと待て、まだ開業していなかったのか。施設に自由に出入りしたが良かったのか。鍵の閉め忘れだったのか。見てはいけないものを見てしまったような罪悪感を覚えた。
さすがに疲れ始めた。だがお腹はなぜかいっぱいなので、喫茶店を探す。あった。お客は居なさそうで入りづらいが仕方がない。店主は話しやすそうなので件の駅について聞いてみるとする。
「ああ、駅。できたの20年くらい前かな。最初の二週間くらいは電車も来てて駅員もいたんだけどね」
調査していると多く感じるケースだ。照明も空調もフル稼働でかなりの経費がかかっているはずだ。
「人は見かけないね。出来た時くらいかな。たまーにあなたみたいに見に来る人がいるけどね」
こんな立地でやっていけるのだろうか。失礼を承知の上で疑問をぶつけてみる。
「うちもグループなのよ」
よくみるとそこかしこに○✖ホールディングの文字が。
「豆から水までみんなグループ企業でね」
飲みかけたアイスコーヒーの手がとまる。いつのどこの豆だろうかと一瞬不安になる。
「コーヒーお口にあわない?」
見た目きれいだが味も香りもしない。気分以外に害はなさそうだったが不味い方がマシだと思えた。仕方がないので一気に飲み干す。
「そういやこの近所に別の鉄道の駅がいくつかあるよ。まだあるのかな。10年くらい前にいくつか消えたんだよ。運営委託会社のサービス終了だってさ」
店主がメモを書いてくれた。手帳と照合してみると該当しない鉄道がある。
「✖○新高速急行電鉄」
またひとつ見つけてしまった。
架空鉄道調査記(二)
(特定の架鉄をモデルにしているものではありません)
気が付くとメモを片手に駅前に立っていた。いつもの事だが誰もいない。どこにも人の痕跡がない。かといって廃墟ではない。見た目新築っぽいがやや流行遅れの駅ビルが建つ。経験から期待はしていない。だがそれでも足を踏み入れてしまう。
△□急行鉄道○○駅
駅に入った途端にぎょっとした。色あせたキャラクターの着ぐるみが満面の笑みでこちらを見ていた。他に比べてディテールが緻密でその空間だけが濃ゆく感じる。焦点のあわない目線とおどけたポーズがさらに不気味さを増していた。まさか動いたりしないよな。まあ人が入っていてもミイラになっているだろう等とよけいな事に気を取られてしまう。
「△□くん」と書かれためっきのプレートが貼ってある。例によって社名のダジャレパターンだ。初めて聞く社名のせいか全くピンとこなかった。そもそも社名が何を基にしているのかわからなかった。
調べると駅の開業は2002年の4月だった。誰もいない事務室の中にカレンダーが見えた。2002年の5月だ。一か月しかもたなかったのか。照明は営業中かのように煌々と構内を照らし、空調も静かに稼働し空気を清浄し続けている。だが一たび問題が発生すれば修復はされず人知れず廃墟となるだろう。
事務室は整然としているがバインダー等は中身が無く空だった。椅子も机も使われた痕跡がなく、埃すら発生していないようだった。座ったり触ったりして痕跡を残す気にはなれなかった。意図せず履歴を更新してしまうような気持ち悪さがあった。
一体ここで何が起きたのか。何かトラブルがおきたのか。ただ飽きたのか。それともパソコンが壊れたのか。思った以上に客が来なくて落胆したのか。気になりだすと今回も電車が来ない事はもうどうでもよくなった。切ない理由を勝手に想像して感情移入していることに気づく。
20年放置されていた事実。その間にいったい何人が訪れたのであろう。誰も来ない数か月、いや数年。駅はただ変化もなく終わりもなく毎日そこに存在していた。長く人が踏み入らない片隅。見えない何かがうっすら蓄積しているようで近づきたくなかった。長い年月を想うと絶望的な気分になる。経営者、社員たちはどんな思いで開業させ、そして去ったのか。
目前に唐突に広告が現れた。釣り下げ式だが通行の妨げになるほどの低さだ。長期間放置され重みで垂れ下がってしまったようだ。小さな広告だが、恐らくささやかにデザインされたであろう駅構内が台無しになるほどのインパクトだった。
もう見るべき物は何もないので駅を後にした。待っても電車が来るわけがないので名残惜しくもなかった。少し早いが話を聞きに例の喫茶店へ戻る事にした。
「ああ、あそこはねオーナーが若かったらしいよ。なんかトラブルがあったみたいね」
比較的よくある話で意外ではなかった。ただオーナーという呼び方が少々ひっかかる。
「小学生くらいじゃないかね。一度やりとり聞いた事あるんだけどなんか幼かったよ。…まあ最近じゃ大人でもわかんないけどね」
またこのパターンか。あの社名はオーナーの苗字だったのか。△□くんじゃそのまんまじゃないか。
「怖いもの知らずだよね。勢いだけは恐ろしいんだ」
それにしてもあのキャラクターは小学生にしては意外によくできていた。
「ああそれが原因よ。パクったんだとかさ」
またこのパターンか。パクり元が何なのか気になって尋ねてみる。どうせ恐らくせ○とくんだろうと想像はついた。
「いやそれが争ってたパクり元も架鉄でさ、そこもパクりでね。面白いから元をたどるとパクリパクられの連鎖よ。でさ、大元は、く○○んだってさ」
進化か退化かわからないが想定外の真相だった。
「でもみんな会社組織とか役員だとか好きよね。若すぎてまだ知らないのかね。あたしなんか会社嫌で脱サラしたクチなんでそんなの考えたくもないけどさ」
オーナーは自虐的に笑った。
「そういや珍しく電車が停まってるよね。見た?」
急展開に前のめりになった。居ても立っても居られず駅へと戻る。この機を逃すと次はいつになるかわからない。
駅に着いた。が、電車の姿はない。ホームに男が立っていたので乗り遅れたのか尋ねた。
「電車? こないよ」
男はぶっきらぼうに言った。落胆して帰ろうとするとホームのはずれに電車が見えた。いやパンタグラフがない、気動車だ。電車は来ないということか。ここはマニアの世界だったことを思い出す。
ドアは開いていた。車内は暗くてよく見えないが構わず慌てて飛び乗った。踏み込んだ瞬間、体が宙に舞った。真っ暗闇に落ちていった。
「マグロ絵か」
・・・・・
気が付くと病院のベッドだった。頭を打ったのか体が思うように動かない。
傍らにパソコンがあった。落ちた衝撃で調子が悪いのか起動に時間がかかる。しばらく更新していなかったのか、ひどくアップデートが多い。バッテリーもダメになっているようだ。ベッドから動けないので久しぶりにサイト巡りをすることにした。以前見ていたコミュニティが閉鎖していた。仕方なく検索して別のコミュニティを見つけた。
案の定荒れていた。先ほどのコミュニティが消えたのはこのせいか。相変わらずの内容だ。連合だか連盟が架空の内容で争っている。エリア争奪やら協定やら乗り入れだ。これはもう一種のゲームなのだろう。既視感を覚える。
不意に看護師が病室に入ってきた。なにやら慌てている。パソコンを使っているのが悪かったのかと閉じようとして画面の日付に気が付いた。
20年が経っていた。